院長のひとり言

 子供の頃の、歯や歯科医院に関するエピソード

このみねぎし歯科は、昭和4年の開業以来、祖母の代から父へそして息子の私へと続く保土ヶ谷では老舗の歯科医院であります。小さいときには、祖母の兄弟家族と一緒で数人の歯科医師とその他大勢のスタッフで切り盛りしていたと言う話をよく聞かされていました。当時は、まだ歯医者さんの数も少なく毎日早朝から患者さんが並んでいる状態だったそうです。赤ちゃんの時から、診療室で遊んでいたそうで、小学校時代には、歯を削る道具でいろいろな物を削って遊んでいた事を覚えています。また工作などでも細かいところを削って、名前を彫ったりデザインを削りだしたり、診療室にあるものは、怒られない程度に、いじって遊んでおりました。

なぜ歯科医になろうと思ったのか

上記のように物心ついた時から、歯科に触れておりましたし、自宅と診療室がくっ付いておりましたのでいつも父親や母親の働く姿を目にしており、歯科医院で働く大人の方達に囲まれて育ちましたし、帷子小学校を卒業後、全寮制の学校へ行った事もあり早いうちから自分の進むべき道は、歯科医療人だと決めていたところはあります。小学校で「大人になったら・・・」という文集を書いた時にも、すでに「歯医者さん」と書いていた事を今でも覚えています。また高校時代に自分の進路をよく友人たちと話したことを覚えています。友人が大学や仕事についていろいろ悩んでいて相談に乗っていても、「お前は、もう決まっているから良いよな~!」と、よく言われたものです。大学受験の段階になっても、あまり迷いもせずに友人と医歯薬系の予備校を探しにいったことを、つい先日のように思い出します。

学生時代や研修時代の思い出

 小学校や全寮制の中学時代~高校時代の話をすると書ききれなくなってしまいますので、大学時代からにします。私の母校日本大学歯学部は、JR御茶ノ水駅すぐ近くに位置し1,2年生用の進学過程校舎、日大歯学部付属歯科病院、日大病院、日大歯学部大学院、日大歯学部付属歯科衛生士学校など有名なニコライ堂も目の前にある大都会の中で大学生活を送りました。1,2年生は、予科過程で高校の延長のような授業が中心でした。

2年生の一年間は、校舎立替工事のため日本大学松戸歯学部のある松戸の河川敷近くにあった仮校舎で授業を受けておりました。自分より近くの住んでいる友人が下宿する中、横浜から2時間ぐらいかけて通学した事を、よく覚えています。この頃は、麻雀やパチンコも少々勉強していまして、友人宅によくお世話になったものです。

 大学3年生からは、やっと歯科のことを学び始めますので日大では、歯学部1年生と言う意味で学1(ガクイチ)という呼び方をしております。ここからは、歯科医療の基礎から臨床的(実践的)な事まで授業や実習を通してしっかり学びます。1,2年時代のような暇な時間は、一切ありません!連日レポートや宿題に追われるようになり、成績が悪いものは容赦なく落第になります

5年生の学3からは、付属の歯科病院に通うようになり指導していただく先輩の先生について、患者さんの管理を任されます。
治療の内容やアポイントの事、かぶせる治療で歯に入れるための銀歯や入れ歯などの作製も担当し任せられます。ですから
授業もありますが、実際に病院へ治療しに来てくださる患者さんとのコミュニケーションをしっかりとって、実際の治療や治療の準備、かぶせたり、入れたりするものの製作、治療ごとにレポートや報告書製作などに追われておりました。一番時間がかかるのは、かぶせる物や入れ歯を自分で作製する事です。これが何といっても一番大変でしたね!手際が良い悪いがハッキリでてきますし、不器用なやつは、かわいそうですよ!自分は、まあまあでしたね!(笑) 

 治療に対するこだわり

修行時代に、顎咬合学(噛み合わせの総合的分野)のパイオニアの先生のところで勉強させていただきましたし、一緒にお仕事をしていた先生方も勉強熱心な先生ばかりで、それ以来勉強会(スタディーグループ)にも参加させていただき今でも2ヶ月に一度は、当院の1F研修室にて勉強会を開き日常臨床の些細なことから、最先端の技術や材料までさまざまな事について
みんなで研鑽を積んでおります。それ以外にも、地域の先生方との定期勉強会をはじめ中学時代からの仲のよいメンバーで
つくったスタディーグループ(YDC)でも、最先端の歯科情報に敏感に症例検討会を開いたり、歯科材料のメーカーをお呼びして材料についての、詳しい説明を聞かせていただいてなるべく患者さんにとって良いとされる物を研究しています。また、日々進歩していく歯科医療技術や知識にもついていけるように、学会への参加やセミナーや実技研修会などへ積極的に参加し各自のレベルアップを目指しております。また、インプラント認定医研修会の公認インストラクターをやらせていただいている関係で、年に数回は講義と実習を受け持っていますので、インプラント治療に関しても患者さんが安心して治療を受けられるように
研究させていただいております。・・・くわしくは、力を入れている治療をご覧くださいね!

歯科医をやっていて良かったと思ったこと

父や母の仕事をしている姿を見て育ちましたので、患者さんからよく頂き物をして子供ながらに喜んでおりました。でも、実際自分が仕事をするようになってみて、患者さんから「感謝の気持ち」でいろいろな頂き物をするという事を体験して初めて実感が沸きました。自分が勉強してきたこと、トレーニングして身につけてきたことが患者さんに喜んでもらえて「感謝」されると言うことを。どんなお仕事でも同じだと思いますが、お客様(患者様)に「おいしかったよ!」「うまくいったよ!」「調子いいよ!」「お蔭様で・・・」といった言葉をいただくことで、誰でもうれしく思いますし、仕事としてのやりがいを感じます。患者さんに喜んでもらえること、それが我々みねぎし歯科スタッフ一同の喜びであります。

歯科医として、患者さんにどうなってほしいと思っているか

まず第一に、健康になっていただくと言うことですね!お口は、体の入り口であり食物が通る最初関門です。ここが汚れていたり、しっかり食物を噛めていないまま飲み込んだらどうなるでしょう?当然その後の消化器官その他に負担がかかりますよね!ですから体のどの部分もとても大切ですが、食べ物を食べるお口の機能や環境と言うのは、とっても大事なんだ!という事をご理解いただきたいとお思います。またご自分の体を大切にする意味で、お口のケアの大切さについてよりご理解を深めて言っていただきたいと願っています。それが、患者さん一人ひとりの健康に直結するからです。 

歯科医として、社会にどう貢献できると考えているか 

 基本的には、日々診療を一生懸命に行うことが第一だと思います。しかしもっと他に自分が役に立つことは無いか?と、考えたことがありました。それは、ルーティンの日常臨床もパターン化して何か他に出来る事が無いものか?

充填(つめる治療)処置をしているところです 2008年9月 
現地の看護学校の学生が授業の一環としてお手伝いしてくれてます

いろいろ考えていた時期がありました。もう10年近く前になってしまいます。そしてたまたま出会ったのが、歯科治療ボランティアでした。はじめた当初は、年に2回フィリピンとタイへボランティア歯科医療団チームとして行っておりました。最近は、年に1回、タイの田舎(コンケンの郊外)へ出かけております。

コンケン市内のシーフードレストランにて夕食 2008 9月
湖の近くにあるおいしいレストランです おすすめですよ!

このような活動に参加するようになって、どんな事がよかったんでしょうか?
それは、いい仲間が出来たことだと思います。全国から集まる有志たちは、とても良い方が多く自分の大きな財産になっております。また、フィリピンでもタイでも現地の人の暖かさを感じて帰ってこられると言う事と、何といっても子供たちのすばらしい笑顔に出会える事です。これは、何にも変えることの出来ない暖かい気持ちをもらえます!自分の身近なことから、出来る事から始めれば良いと思います。無理しないで出来ることからすこしづつ!

コンケン空港に見送りに来てくれました 2008 9月
お疲れ様でした!そしていろいろありがとうございました!

神奈川海外ボランティア歯科医療団(KADVO)http://www.kadvo.com/
よかったらサイトをのぞいてみてくださいね!

タイ・ラオスなどアジアン友好協会のサイト
http://www.nippon-aefa.org/topics/list.shtml

KADVOタイプロジェクト紹介
http://www.kadvo.com/report/1_03.html